和歌山県代表・箕島高校。
8月8日の開会式、箕島の名が29年ぶりにアナウンスされ、
ベンチ入りの選手が場内を行進する。
その時、甲子園のファンはどんな反応を示すだろう。
第61回大会(1979年)、春夏連覇。そして翌春も制覇。
甲子園に箕島フィーバーを引き起こした。
(あの当時は"フィーバー"という言葉が"旬"だったw)
甲子園のヒストリーをひもといてみると、
その時、甲子園のファンはどんな反応を示すだろう。
第61回大会(1979年)、春夏連覇。そして翌春も制覇。
甲子園に箕島フィーバーを引き起こした。
(あの当時は"フィーバー"という言葉が"旬"だったw)
甲子園のヒストリーをひもといてみると、
ある時期にチャンピオンだった、
つまり一世を風靡したチームがいくつか挙げられる。
高校野球・甲子園の勢力図の変遷の中で、
箕島の野球は、20世紀のある時期、
たしかに甲子園を席巻したチーム、と言っていい。
「甲子園には魔物が棲む」。今でこそよく言われる言葉も
箕島の不可能を打破する超能力的な力が
一気に流通させしめた、といっても過言でなかろう。
そして、父子鷹。監督と選手ではない。
(故)尾藤公・前監督と、長男の尾藤強・現監督である。
今年の甲子園の最大の話題になるかもしれない。
・画像(1)
一気に流通させしめた、といっても過言でなかろう。
そして、父子鷹。監督と選手ではない。
(故)尾藤公・前監督と、長男の尾藤強・現監督である。
今年の甲子園の最大の話題になるかもしれない。
・画像(1)
今朝のスポーツ紙(1面)の上に、春夏連覇した79年の
決勝戦の写真をかぶせてみます。(箕島4-3池田)
決勝戦の写真をかぶせてみます。(箕島4-3池田)
・画像(2)
かつて高校野球専門誌に寄稿した大型特集の中で、
「箕島高校がチャンプだった頃」と題したコラムです。

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ピート小林と歩く「こころの日本遺産」
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*フェイスブックでも投稿しています
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