2013/01/08

鎮魂の町を歩く(vol.16-2) 南三陸町防災対策庁舎

報道される頻度の多い南三陸町・志津川地区を三たび訪れる。
志津川病院など殆どの建物はすでに解体されたが、
錆びた鉄骨が剥き出しのまま残る「防災対策庁舎」は、
あれから1年10ヶ月になる今でも、慰霊者が絶えることがない。

高さ12mの3階建庁舎の屋上まで津波が襲って、
職員ら42名が犠牲になった記憶をまざまざと伝えている。

















































遺族と被災者の心情に配慮して解体するのか、
震災の遺構として後世に伝えるために保存するのか....。
南三陸町は「解体」の陳情を採択したが、
議論を尽くすために「解体一時延期」の意見のほか、
語り部活動をする町民ら2千人の署名による「保存」の声も
少なからずで、南三陸の町は今も揺れ動いている。



























幾重にも折られて在る千羽鶴が、夜の静寂の中、
無言のうちに何かを語っているようだった。

*公共交通機関
JR気仙沼線・柳津駅から暫定代行バスで約30分、
JR大船渡線・気仙沼駅からは同代行バスで
約90分の志津川駅下車。徒歩約5分。
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2013/01/04

★BAR「B」@赤坂・4日(金)から営業です★

昨年11月のオープン以来、ご好評をいただいている
ちょっとお洒落な大人の雰囲気のバー「B」。
新年は、本日1月4日(金)午後3時から営業いたします。

取り揃えているお酒は、洋の東西から選りすぐりの銘酒・120本余。
名バーテンダー髙田尚宏が心をこめてお作りする、
美味スタンダード・カクテルから、シャンパン・スペシャル、
季節のホット・ドリンク、ノンアルコール・カクテルまで、
AKASAKAの夜のひとときを、どうぞごゆっくりお楽しみください。











































*Bar B 18:00~4:00(土曜は~0:00/日・祝定休)
アクセス・赤坂Bizタワー至近/一ツ木通りから30秒、
半円アール型のビル4階です(添付マップご参照ください)
*日曜・祝日はプライベートパーティーにご利用いただけます

 Phone/Fax  03-3583-5125

☆ピート小林は、お手伝いとして勤務しております(月~金)
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2013/01/03

広告のある光景5-1 (January 3, 2013)

 旧年から、「JR SKI SKI」のポスターが目に留まっている。
久しぶりに見るSKI SKIの広告、ということもあって新鮮に映った。

「青春は、純白だ。」のストレートすぎるほどのコピーは、
一瞬、あの「芸術は爆発だ」と同じぐらいのフォースを感じさせて、
水玉ならぬ雪球を自在にあしらったアートに倍加され、
SKIの魅力が、最速スピードで余すところなく伝わってくる。
















スキー離れに加えて、クルマを持たないと言われる若者に、
「列車で行くスキー」が復活するような空気がこの広告に満ちている...
なんて思いに耽っていたら、ふと、同じ「JR SKI SKI」の広告で
何年か前の冬、ポスターの前でしばし立ちすくした時間を思い出した。

「愛に雪、恋を白。」という素敵なコピーが添えられていた。

スキーなるものは、ブルジョアのスポーツ遊戯に等しく、
高嶺の花のまま、思いを馳せるだけで過ぎていった遥か遠い日々。
何の工夫もせずの青春が、泡の消えた錆サワーのごとくある。
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2013/01/02

「新年一般参賀」(January 2, 2013)

被災地を8回ほど訪ねられた天皇皇后両陛下、
そのお言葉に直に触れたく、はじめて長和殿を訪れた。

78,760人の1人として、4回目と5回目を聴き入る。
「おととしの東日本大震災にあたっては、
多くの人々が被災地に赴き、被災者のために力を
尽くされ、心強いことでした。これからも皆で被災地に
心を寄せて過ごしていきたいと思います」

被災地から足を運ばれた方も少なくなかったようで、
今も仮設住宅で暮らす被災者ひとりひとりの
胸の奥深くまで、真摯なお言葉が届いたことと思う。


2013年の新春。希望があまねく訪れますように。



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鎮魂の町を歩く(vol.16-1) 世界の"絆"グラフ・ポスター

復興にかかわる言葉を折に写真に収めてきたが、
「世界の"絆"グラフ」とタイトルされた大きなポスターに、
仙石線・本塩釜駅のコンコースで出合った。

"絆"という一語が、よくある違和感を伴わずに見えたのは、
World "KIZUNA" Graph/You are not alone.と添えられた英文と
海外から届いた写真付きのメッセージだからだろうか。




















世界各国の人々による募金、祈り、チャリティーイベントなど、
心のこもった温かい支援活動の視覚化ポスターが、
少しでも人々のこころに届いていることを願うとともに、
私たち日本人も決して忘れないようにしたい、と思わずにいられない。

ちなみに、「希望学」を提唱している玄田有史さんと
脚本家の倉本聰さんによる新春対談が1/1付東京新聞に載っていたが
被災地でも緩い絆(weak ties)を大事にする動きがある、という。

あらたまの年。ポスターの中にある、国旗・日の丸を
あしらった画像を、しばし目を凝らして見つめようと思う。
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2013/01/01

鎮魂の「年賀状」 (Jan.1, 2013)


あらたまの年を詠んだ句に「去年(こぞ)今年貫く棒の如きもの」
(高浜虚子)があるが、今年もまた""のように感じる。

いわば、天地自然の理を超えて己の志を表しているのだが、
年が明けるのは暦の上で、万物は何ひとつ変わりはしない...の思いが、
人生の高みは達観できぬ身なれども、別の次元でやまない。

脳裏から離れることのない、あの「3.11」から1年10ヶ月。
大震災を経た日本はどこへ行こうとしているのか、
の思いを巡らしながら、自身に纏りついたままの無力感である。

引き続き新年の挨拶を控えている身、頂戴した数少ない賀状の中に、
「星見上げ 夢を見る人 見ない人」と直筆された一葉があった。
「東京コピーライターズクラブ」の名誉殿堂入りされた
大先輩からものなのだが、いたく感じ入って、さっそく手元の
「復興支援カード*」の傍にそっと添えさせていただく




















*Remember 3.11「復興支援ポスター配布プロジェクト」
3.11以来いち早く、被災地復興への想いでポスター・カレンダーから
ステッカーまで多彩な復興支援ツール無料で配布し続けている。
iPhone/iPad 壁紙ほか、ポスター・バナーなどのダウンロードも可。
→http://www.graphein.co.jp/earthquake/

(小生は、年頭のご挨拶に代えさせていただくとともに、
本年もまた「寒中見舞い」に使用させていただきます)

◯「こころの日本遺産」新年のご挨拶
http://p.tl/CoZm  (日刊スポーツ・アーカイブ)

2012/12/31

甲子園よ永遠なれ (December 31, 2012) 松井秀喜選手

年の瀬を駆け抜けた松井秀喜選手の引退ニュースから3日、
20年前、パスポートにもらった本人のサインを
引き出しからひっぱり出して、しげしげと眺め入っている。

野球選手だけでなく、人間としても一流であり続けた
彼のサインは、今見てもとうてい18歳の署名とは思えない。

1992年9月4日、ところはソウル、東大門球場。
社会現象にまでなった甲子園(明徳義塾戦で5打席連続敬遠)に
いても立ってもいられず・・・好青年に間近で接したく
ベンチに飛び込んでいただいたサインである。




















色紙どころか、筆記具も忘れて、咄嗟にポケットにあった
パスポートの白ページを開けて、以下、問答の一部...。

◯私「1ファンなのですが、明徳戦で被った5連続敬遠に、
微動だにしない態度に感動、サインを頂きたくソウルに来ました」

◎松井選手「・・・えっ、パスポートにですか!?
ここに署名したら違法で、日本に帰れなくなりませんか...?」

◯私「いいえ いいえ、一生の宝モノですから!肌身離さずの
パスポート。日本の税関の方だって大喜びしますよ!」

弱冠18歳にしてこの気遣いと、名は体を現したような署名が、
桁外れの野球の技量ともども、本人を語るに余りある。
スポーツ紙の特集のみならず、一般紙がこぞって
一面扱いをする、王・長島と並ぶスターである証明だろう。












 

























サインから数年後、好きな桜追いから迂回して、
石川県の根上(現・能美市)にある生家を訪ねたことがある。

「松井秀喜ベースボールミュージアム」の竣工まもなく、
ヤンキースに移籍後のホームランボールが眩しく飾られていた。
父親であり館長の昌雄氏が応対してくださった短い時間、
言葉の端々に「栴檀は双葉より芳し」という
昔ながらの語句がアタマの中をぐるぐる駆け巡る。

甲子園での息子さんの泰然とした姿への感動を伝えて、
後日、ソウルの地で静心なく活躍した写真を
本人へのメッセージを添えて、速達で送らせていただいた。

幕引きの松井選手の言葉からー
「もう少しいい選手になれたかもね...」

野球人である前に、紳士。
松井秀喜選手以上のアスリートを知らない。

((中段2点の写真は、『輝け甲子園の星』'98年SUMMER号
6Pの小コラム「甲子園グラフィティー」より抽出 (日刊スポーツ出版社))

☆補・ネット裏から捉えた松井選手の凛々しい写真@ソウルは、
「甲子園よ永遠なれ」9月7日付投稿で多数見られます。
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★甲子園―ジャパニーズドリーム!
もっと見る→http://p.tl/1bXc ピート小林と歩く「こころの日本遺産」 (日刊スポーツ・アーカイブ)

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