2025/07/08

旧室蘭駅へのヨタヨタ歩き、そして母恋...

北海道の歴史ある胆振エリア。その中枢都市

として名を馳せる炭鉄港・室蘭。かつて18万余

の人口を擁するも、今では7万人台まで減少。

こうした有為転変は室蘭に限らず、地球上には

つきものの現象で、決して驚くには値しない。


個人的に、そういう町ほど訪れてみたくなる

嗜好が働いて、希薄な目的ながら再び室蘭詣に

赴いた。とはいえ持ちタイムは1時間プラス

ほどで、ちょうど昼下がりの気だるい時間帯。

腹時計が緩慢な欠伸をしてゆるり動いている。


(現)室蘭駅から旧室蘭駅まで1kmほどの道のり、

怪我の足腰に難柔しながら、ヨタヨタ歩きだ。

独りハグレ学徒動員のように見えるのか、傍の

車ドライバーの数奇な目線をうなじに感じるも、

いちいち反応も対応もせぬ。荒凡夫の流浪路、

いちいち付き合っていたら、直ぐに日が暮れる。


観光案内所も兼ねる旧室蘭駅舎は、お宝の宝庫。

資料どっさり、展示どっさり!栄枯盛衰の室蘭の

今昔が手にとるように分かる。生来ハナシ好き

のせいか、係員に質問の嵐を浴びせてしまったが、

ガラ~ンとした場に賑わいの空気を醸したかも。


逆順になるが、室蘭の前に、ひと駅手前の母恋

を訪ねた。人気の「青春18きっぷ」のポスターに

なるほどで、鉄道ファンには言わずと知れた駅。

という伝ではなく〜〜昭和初期、北海道の地で

開拓伝道に極貧の身を長くやつした母の遺した

手記を辿りつつ、山々をただ見上げるためである。


ちなみに、母恋 (ヨミ:ぼこい)とは「ホッキ貝が

沢山ある場所」という意味のアイヌ語が語源で、

毎年、母の日には記念入場券が人気を呼んでいる。

余談だが、全国で“母恋”の他に“恋”のつく駅名は

北から“恋し浜”(三陸鉄道)、“恋ヶ窪”(西武鉄道)、

“恋山形”(智頭急行)の4駅で、それぞれ興趣を誘う。


















































































































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2025/07/06

“蝦夷富士”あらため、「北の富士」!はいかが?  

道北・名寄まで来たら、北の大地が生んだ

名横綱・北の富士を素通りする訳にはいかぬ。

本来ならば、出生の地・美幌、少年時代を

過ごした留萌を訪ねたくも、次の機会にして、

出身地とされる旭川に寄った。旭川電気軌道の

バスに飛び乗り、旭川市役所の展示ロビーへ。


◎「旭川が生んだ名横綱・北の富士展~その
功績を称えて~」なる大掛かりな特別展示会が

この3~4月の間に催されたそうで、今回は

あいにく「化粧回しと簡単な年譜」のみの展示。

昨年11月の逝去から、かような展示の“有無”

をチェックした訳でもなくて、出たとこ勝負。

超ミニマムの展示でも、有り難き遭遇!として

感謝せねばバチがあたる。北向きで寝られぬ。


かく宣う下僕は、北の富士の大ファンであった。

四股名は体を表すと言われるが、土俵入りの

姿があたかも富士山のようで、美しく、麗しい。

残念なことに、大関から横綱に昇進、全盛期を

迎える頃はあいにくの海外在住。今のような

国際放送なぞあるわけでもなく、出来事はツユ

知らずの浦島太郎ジョータイ。帰国後の見聞や、

TVの実況やらですっかり虜になったクチである。


「二兎を追う者は一兎をも得ず」なる諺とは

異にするし、ま、次なる北の大地への流浪では、

美幌と留萌のゆかりの地を訪ねよう。どちらも

桜狩りで訪ねた懐かしい地!今から愉しみである。


⦿温めていた“提案”をひとつ。北の大地の後志に

富士山のように美しい姿から、愛称“蝦夷富士”と

呼ばれる「羊蹄山」がある。これを一気呵成に

に愛称「北の富士」にするのはいかがだろう!?

素っ頓狂で荒唐無稽なアイデアかもしれないが、

羊蹄山を望む函館本線・車窓でフツフツと湧いた。


“蝦夷”なる名はすでに十二分な役割を果たしたし、

愛すべき北海道の新しいステージに向けて大胆

な施策が必要!という思いが旅路で強く感じた。

どなたか鈴木直道・道知事にプレゼンテーション

の旗をご一緒に振る方はいらっしゃいませんか?


11月12日までの一周忌まで時間はおよそ4ヶ月。

名横綱「北の富士」は出身地主義ではあるまいし、

きっと泉下でニンマリ、否、拍手喝采を送る!



































































↓ 旭川市役所での春の展示(2025年春) 
   (画像元:旭川市役所)


















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JR旭川駅舎:正面とホーム


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2025/07/04

名古屋場所、もとい名寄岩場所!?

小夜を明かした函館のザ・ペンションで

サイコロを振ると、北へ行け!という。

始発待ち待ち!ノンビリ屋の市電に乗って、

無駄の塊のごとき函館の駅前スペースを

乗り越えて、かつ改札からホームが遠~い

9番線ホームへ滑り込む。特急・北斗は、

怪我を被った我が脚なんぞツユ知らずで、

発車ベルをけたたましく鳴らしている。

       

        (中略)


札幌で“ライラック”、旭川で“サロベツ”に

乗り変える。折しも特急、目指す「名寄」は

あっという間だ。比布、塩狩、士別、美深、

音威子府、幌延、豊富、抜海駅跡!そして、

終着・稚内へ!かつての桜追っかけ旅路を

なぞる衝動に駆られる。が、あの水原 弘の

♪恋の花びらの如く、それは叶わぬ遠い夢。


あっイカン、郷愁に溺れ「名寄」を乗り越す

寸前だった。真夏の如き陽射しに大汗かきの

輩はフーフー。名寄のお上りさん、資料に

目を遣れば「名寄」は北国の典型的盆地の町。

「1年の気温差が、ななんと78度Cを超える

寒暖差日本一の町!だそうな。手強いぞ名寄。


ともあれ、ご当地・名寄が輩出した昭和の

名力士・元大関「名寄岩」の記念館へと急ぐ。

メンコ、ビー玉、ベーゴマ、野球と並んで、

相撲が日常の遊びだったガキ時分の少年時代、

いの一番!の贔屓力士は「名寄岩」。工場の

寮の隅っこにある小部屋(自宅)で、中ブルの

ラジオに齧り付いて耳を澄ました記憶が蘇る。


不世出の大横綱・双葉山の太刀持ちを務めて

“怒り金時”と揶揄もされた数々の逸話やら、

映画「名寄岩 涙の敢闘賞」...。が、ガキ時分

には知る由もなく、ン十年後に北国博物館*を

訪ねて知り得たことで、名寄の町に大感謝。

ほどなく初日を迎える大相撲名古屋場所では、

取組を横目で見ながら、抱えるように持ち

帰った「名寄岩」本を読み耽よう。もちろん、

突拍子なく名付けて「名寄岩場所!」とする。































































*名寄市北国博物館
https://hokkaido-digital-museum.jp/facility/nayoro-city-museum/




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