2018/12/13

Xmas Special w/Brooks Bros.「Ame語@H&H自由が丘」12/16・23(Sun)

この秋スタートの「Ame語@H&H自由が丘」から
“Xmas Special w/ Brooks Brothers”のご案内です。

①16日のトピック・リードは「Help + Save 」。
この季節、地球上でいちばん耳にする温かい言葉、
その使いかたをご一緒にシェアしましょう。

続くメインは“Xmas Special with Brooks Bros.”
Ame語トレーナー・ピート小林が勤務した
米国本土のブルックス・ブラザーズのCatalog*を
ひもといてファッションAme語をコーチング♪
(*1960~80年代・貴重なレア・アイテムです)

②23日のリードは「Support+Assist+Aid…」。
メインはBrooksに近しい“Preppy”スタイル
あの『PREPPY HANDBOOK』と楽しむ趣向です♪

オシャレな「H&H」Collectionルームに展示の
素敵なXmasグッズの数々に目を泳がせて、
さあ、2018年のChristmasスペシャル英会話を!

Brooks Brothers@H&H自由が丘






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「Ame語@H&H自由が丘」
“Xmas Special”
12/16&23(Sunday):15:00~16:30
レッスン料・¥3,000 (含・テキスト代)
事前予約制
メール ☞ h-and-h@jade.dti.ne.jp
電話 ☞ 03-5726-8961
スペースの関係でお早めのご予約をお薦めします
アクセス・マップはFlyer(画像⑨)をご参照ください



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2018/12/11

ハリストス正教会とマンガッタン・ミュージアム@石卷

あのMANGATTAN MUSEUM「石ノ森萬画館」と
並んで、石卷市の中州にある建造物の中で、
奇跡的に津波から残った「石卷ハリストス正教会」。
このほど復元と聞き及び、女川から駆け付ける。

市の文化財である木造のハリストス正教会と
宇宙船のようなフォルムの萬画館とのコントラストは、
震災前もそうだったが、すこぶる「石卷」的で、
他に何も無い更地!だけに書き割りセットのようだ。

時間の猶予なく、駅へのダッシュ中に振り向けば、
NYのマンハッタンならぬマンガッタンのミュージアムは、
NYのハドソン川ならぬ東北の北上川の畔に、
初冬の強く鈍い光の中でひときわ存在感を放っている。

中州のシンボル的存在の「自由の女神」像が
半身不随ながらも残されていた石卷・マンガッタン島。
それも3年前に撤去され、今や飛び地のような
中州アイランドの行く末が気になるばかりである。





石卷アートはエリアの宝だ。探訪未満〜歩きながら。


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2018/12/09

震災遺構となる「女川交番」の姿

女川町で唯一、震災遺構となる「女川交番」。
鉄筋コンクリート建造物が津波で倒壊したのは
世界でも2例しかないとされ、2020年夏には、
震災メモリアル公園として整備・公開される。

他の震災遺構となり得る建物だった2棟・
「江島共済会館」「女川サプリメント」は
すでに跡形もなく解体・撤去されている。

復興のトップランナー、とされる女川町は、
個人的に震災の3ヶ月前に訪れ、震災後は
コンテナ仮設住宅・女川駅舎設計で知られる
建築家・坂氏との縁もありよく行き来する。

写真は、横倒しになったままの交番だが、
女川駅(⑥)、シーパルピア女川(①背景)をよそに、
震災から7年8ヶ月になる女川の現在である。






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2018/12/03

復興のシンボル「釜石鵜住居スタジアム」の姿

2019年秋の「ラグビーワールドカップ」日本大会で
唯一、新設となる「釜石鵜住居復興スタジアム」。
“ワールドカップどころじゃない”/”希望を建てるんだ”
様々な声が飛び交う中、津波で全壊した小中学校の
跡地に完成。8月、こけら落としのキックオフもあった。

釜石市街地からさほど遠くない「鵜住居」バス停から、
足をとられながらの歩くこと10数分、津波の爪痕を
残す嵩上げされた地と道路工事現場を抜け切ると、
ハイブリッド芝が初冬の陽射しにまぶしく光っている。

スタジアムには「翼と船出」をイメージした白い帆の
ような屋根がかかって、存在をまるで主張しない
風景に溶け込んだ目立たない佇まいに意表をつかれた。

北の鉄人・新日鉄釜石の7連覇で栄えた時代も今は昔、
人口は往時の1/3、3万数千人まで減少した釜石。
中でも鵜住居地区は震災で甚大な被害を受けただけに、
その名を冠した「釜石鵜住居復興スタジアム」は、
ラグビーファンならずも目が離せない希望の地になる。

JR山田線・宮古–釜石間は復旧後、三陸鉄道に移管。
19年3月23日、新名称のリアス線として開通する。
ニュー「鵜住居駅」がこじんまりと姿を現していた。










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