2024/02/19

夕張①ー吸い込まれる青と白の光

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♪おはようのモーニング・コールは、

車窓いっぱいに広がる眩しい太陽と

いちめんに続く真綿のような雪景色だ。


道南・函館から道央・空知(そらち)へ。

函館本線、室蘭本線、そして千歳線。

乗り換えのハブ駅・南千歳に着くころは、

体内がすっかり空知モードにスイッチ

している。“北海道 流浪旅 四半世紀超”

とゆー輩の心理効果作用であろうか。

アジアからの観光客に交じって釧路行の

石勝線に飛び乗る。ほどなく新夕張!


かつて「紅葉山」の名で親しまれてた

夕張への起点駅だ。石勝線・夕張支線が

2019年春に廃線になるまで16km先の

夕張駅とを結んでいた哀愁の駅である。


きっと夕張の方がたが、思慕と懐旧の念

で消滅する駅名を保存したのだろうか。

青と白の逆光線の中ですっくと屹立する

「紅葉山」の道標に行人の涙腺は緩む。 



















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2024/02/14

夕張への中継地・アゴとマクラの函館

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北海道の玄関口であり、異国情緒が漂う函館。

“さくらストーカー”として桜の撮影では、

四半世紀ほど通ってきた勝手知ったる街である。


北陸・能登半島の手前から長駆、鉄路ひと筋、

津軽海峡を一気に越えて“ハコ”入りするや、

既に夕闇の真っ只中。北の大地、夜の帳は早い。


ブラ歩きや夜景鑑賞は無用。愛おしい市電に

飛び乗って、一目散に今宵マクラを借りる宿へ。

20年ほど前からアゴとセットでお世話になる

地元でも知る人ぞ知る穴場スポットで荷をとく。


港町の幸に舌鼓を打たせていただき、階上の

ニューイングランドと見まごう部屋のマクラで

能登行の労も癒される贅沢なる睡眠を貪って

夢見心地に!......とは春の桜シーズンのことで、

ばってん、朝イチ発ち“夕張行”の時刻が迫る。


仮眠に甘んじ、朝まだき真っ暗闇の市電通りを

俊足・アルクメンデス(w?)の如きスピードで

手足も凍えるアイスバーンの道を“カアカア”と

カラスに笑われながら、“ハアハア”と函館駅へ。

距離にして3km、時間にして60分。改札から

ダッシュ!6:02発・北斗1号、滑り込みセーフ!


のべつまくなし、いつだってギリの性分である。




























































































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2024/01/29

能登行きは、嗚呼…Not!ナリ

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能登半島へ、遅ればせながら1月下旬、

出動を二度ほど試みたものの準備不足で

いずれも途中で未遂に終わってしまった。

鉄路。日本海づたいに直江津→糸魚川

は支障なくも、西進する第三セクターで

つまづいて一度目はあえなく行路途中

でUターン。意を決した二度目はスムーズ

に乗り継ぐも富山までにて、以西〜は

叶わず。外泊未満、日帰りのためである。


かつて訪ねて気になっていた伏木、雨晴、

氷見を訪ねようにも、北陸新幹線!を

使わない限りキビしく...みどりの窓口へ

スタコラ近づいてみたが“緑”カラーが

"赤"に見えたほど、我がオンボロ懐中は

火の車でラチがあかぬ。やんぬるかな、

せめて1時間余の持ちタイムを目一杯使い、

岩瀬浜ビーチまで往復するのが精一杯。


ボンビーに優しく、かつ未来的デザインの

「富山ライトレール」に直ぐ飛び乗って、

都電・荒川線の富山市バージョン?の

ような車窓をひとしきり十分に愉しんだ。

が、岩瀬浜ビーチまでは歩行が叶わず、

柔らかな冬の午後の陽射しの下、けなげな

岩瀬浜Stn.の四方八方を野良犬のように

ウロウロとほっつき歩く。凡そ、半時間。


○能登半島への再出動は「18きっぷ」が

使える3月末~4月上旬だろうか。桜股旅で

お世話になった輪島、はたまた能登鹿島

(能登さくら)駅あたり一帯をできるだけ

歩いてレポートできる日が来ますように!































































































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2024/01/07

磯崎新・建築巡礼 (結) ⑦ The Grace Square Chapel 成増教会    

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【能登半島地震▷▷犠牲者のご冥福を

祈らせていただくとともに罹災者には

謹んでお見舞いを申し上げます・・・

沈痛の極みの中ですが、追悼と巡礼の

主旨でトピックの"結び"といたします】

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((このミニ・ルポは、2022年1月28日に

逝去された磯崎新氏の1周忌にあたって、

追悼の念で綴らせていただくものです))

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磯崎新・建築巡礼 in 九州」のタイトルにて

10カ所ほどの建築+++水戸芸術館を行脚した。

建築には門外漢の輩がなぜ?――この地球上、

万物に“始”があるように私的な端緒からである。

開示する資料にはそうした意味合いもあって、

ご興味あられる方は、ぜひ現地をご一見ください。

        

   (In memory of the late Makoto Nagata)

                 《永田 實 氏に捧ぐ》

                                

1985年、磯崎新アトリエ・元所員"永田實"氏の尽力で、

とある小さな教会(出自である)の建築計画がスタート。

折からバブル期の急激な建設資材の高騰で当初の3層

プランから規模縮小を余儀なくされ、基本・実施設計

曲折を経てボールトの2層構造に―1988年12月竣工 














⦿ 磯崎新:「ポストモダンの騎手」と称された

世界的建築家。1931年、大分市出身。東京大学で

丹下健三氏に師事。洋の東西、建築を超えた

文化史を体現する“世界知”の巨人として名を馳せる。

建築界のノーベル賞とされる「プリツカー賞」の

キューレター的な創設・審査に関わり、自らは

晩年まで受賞せずにいたのはクロニクルになろう。


























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⦿ The Grace Square Chapel 「成増教会」

〒179­­­–0071東京都練馬区旭町3-32-18

Tel 03-3939-0333/Fax 03-3939-0433

東京メトロ・地下鉄成増駅(1番出口)徒歩5分

東武東上線・成増駅(南口)徒歩10分

https://www.narimasu-church.org

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□竣工式のリーフレットより(抄)

画像⑥

磯崎新氏・宮脇愛子氏

松沢秀章師・小林(阿蘇)智恵子・ピート小林(阿蘇)直道

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画像⑦:

母の自叙伝『光があった』(いのちのことば社) にて、

タイトル「珠玉のような教会堂」の下、豊富な図版

と共に紹介されている。(P171~174・P184~187)













































⇧小林廉直牧師 記念礼拝堂 (inレリーフ)












⇧ステンドグラス デザイン:彫刻家 宮脇愛子
















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