2014/08/29

甲子園の決勝戦に時代性はあるか


月曜日の決勝戦の余韻がまだ残っている。
甲子園が了となる8月最後の1週は、
毎年そうだが、この夏は妙なザラついた感覚が
今もってカラダの皮膜を覆っている。

台風で2日順延となった第96回大会。
入道雲の代わりにスジ雲と雨雲がたなびく
空模様同様、風雲急な試合が多い中、
決勝戦は、引き締まった好ゲームだった。

大阪桐蔭4ー3三重。初戦の開星戦を
4安打ながら7−6の1点差で制したごとく
相手より少ない安打で勝つという
大阪桐蔭のしたたかさを象徴したような、
1時間41分の直線的な試合であった。

大阪桐蔭時代の到来!とマスコミは謳い、
今後とも同校の強靱さの証左を、
スポーツ新聞や週刊誌が特集することだろう。
これについては、(唐突な引き合いだが) 
大相撲でいう、かつての北の湖時代の
到来のような感がいささかながらしている。

他方、あえて「敗因は監督の差だったかな」
と謙遜する苦労人・三重の中村好治監督の弁は、
三重の戦士(ナイン)たちと応援団の姿と
三層に重なって高校野球ファンの琴線に響く。

あの公害に悩む地に歓喜をもたらした
四日市高校の優勝(第37回大会・1955年)以来という、
三重県勢じつに59年ぶりの決勝進出。
"判官贔屓(びいき)"と称される甲子園ファンの声援が、
スタンドの雰囲気が、閉会式の後々までも
球場の内と外を覆い尽くしていた。

たかが高校野球、されど高校野球。
甲子園もまた、時代の気質を表出するものなのだ。

勝者の応援父兄は万歳を繰り返して、
敗者の応援団員は甲子園写真を撮る。



































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